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在り方を今一度考えてみた





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🌸階級を超えて天が見ているもの🌸



僧侶には、宗派によって

『僧階』と呼ばれるものがあります。


長年の修行や学び、

積み重ねてきた歩みに応じて与えられる、いわば『僧侶としての階級』です。




それは決して軽いものではなく、

その人がどれだけ仏道に向き合ってきたかを示す、

一つの証でもあります。


けれども、ふとこう思うのです。

天は、その『階級』をどこまで見ているのでしょうか。




確かに、この世においては

肩書きや階級は意味を持ちます。


役割を果たす上でも、

秩序を保つ上でも、

必要なものです。




しかし、目に見えない世界においては、少し違う尺度があるように感じるのです。




それは、どれほど高い位にあるかではなく、どれほど『まっすぐな心』で在るか。




どれほど多くを学んだかではなく、どれほど『祈りが澄んでいるか』。




どれほど長く修行したかではなく、


どれほど『人を思い、寄り添っているか』。




天が見ているものは、


外に現れた『位』ではなく、

内に宿る『光』なのかもしれません。




たとえ僧階が高くても、

心が形にとらわれてしまえば、

祈りは重くなることがある。




反対に、名もなき人であっても、

『純粋な祈りを持つ人の想い』は、驚くほどまっすぐに届いていくことがあるのです。

僧侶でも心に配慮が欠けている人もいます。

僧侶や神道の神官でなくとも、それ以上の心ある方もいらっしゃる。


肩書きも、階級も、関係がありません。

だからこそ問われているのは、

どの位置にいるかではなく、

  『どのように在るか』




僧侶にとっても、

そしてすべての人にとっても、


本当に大切なのは、


与えられた立場の中で

どれだけ心を尽くしているか、ということ。




階級は、この世の中での「目印」。


けれども天は、


その人の奥にある

静かな祈りや、真心を見ている。




そう思うとき、


私たちはもう一度、

自分の足元を見つめ直すことができます。




今、自分の祈りは

どこに向いているのか。


今、自分の心は

どのように在るのか。




その問いの中にこそ、

本当の道があるのかもしれません。




階級の先にあるもの。


それは、競うものではなく、

深めていくもの。




今日もまた、

静かに心を整えながら、


『見えないものに恥じない在り方』を選んでいきたいと思います。



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by gokuuan | 2026-04-05 21:15 | 宝如さんのひと想い | Comments(0)
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小学校5年生の時 秋の夜長、満月の日 寺院の僧侶から、「この娘は尼になり40歳で人生が変わる✨」と言われる。Instagram⇨@anjuan.hounyo1313


by 宝如
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