2018年 08月 08日 ( 1 )

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あなたには〝躾〟があるか?    著    斎藤 薫

私がこの本を知ったのは、長女が帰省して来た時に、「今 この本を読んでるの」と見せて
くれたからだ。

「子供のころから、お母さんが教えてくれた事だけじゃなく、まだまだ 知らない事や、出来てない事が沢山あったの。」

そう笑顔で私と話すキラキラした目が、印象的だった。 

この本のプロローグを読んでみた。 

心がまったく介在しないマナーなどありえない。気持ちより形式を重んじるマナーはいっぱいあって、恥をかくのは嫌だから、私達はます、こっちの形のマナーから入っていき、その事を必死で覚える。
だからいつのまにか「マナー=形」と思うようになっていく。

もっとも大切なのは、マナー以前の
〝心や振る舞いの正しさ〟の方じゃないかと
気づくのだ。

大人より女っぷりのいい女子高生が、電車のホームで靴下をはきかえ、電車に乗るやいなや座席にどかっと座り足を広げて座りいきなり化粧を始める。
次の駅で、乗って来た茶髪の女っぽい女子高生が、きちんと足を揃えて座った時、たったそれだけで、キレイな子じゃない?と思ったのだ

ホームで着替えない。
電車の中で化粧しない。なんてものは、今や 
マナーではない。 
座る時は、最低でもヒザとヒザはくっつけること なんてマナーの本には書かれてない。

マナー違反以前のこうした違反が、せっかくの見た目の美しさをゼロにしている光景は今、
日々増え続け、私達もそれに麻痺し続ける。

これはどう考えてもマズイ。

もっとも、脚を揃えて座った女子高生が、
「足を開かないのはマナー以前の問題よね」
とばかりに、一生懸命ヒザをくっつけていたとは思えない。 

彼女をキレイに見せたのは、たぶん身体の中の
〝躾〟彼女は身体の中に〝躾〟のある女の子だったのである。 

当たり前が当たり前ではなくなったからこそ 
些細なことが人の心を動かし、〝躾のある人〟をそれだけで美しく見せることがわかったろう。 

ただ困ったことに、〝躾のある女〟にはなる為のマニュアルはない。 

たった一つの学習法は、〝躾のある人〟を見ること、知ること。 
その人達のディテールから、何かを学ぶこと。 

そしてその人達が、なぜ正しいかを考えることではないかと思うのだ。 

私自身は、毎日いくつものマナー違反したりしているし、〝躾〟を語る資格などはまるでない。 しかし〝躾のある人〟を探し、なぜ美しいかを語ることはできるのではないかと思うのだ。

躾‥‥身を美しいと書いて、躾と読む。 
この字を見るといつも身が引き締まる。

そういう〝躾〟の字が浮かびあがる人が光る時代であるとここに定義したい。     以上。 

このプロローグを読んで  私もこの年齢ながらも 
考えてみようと思います。
自分の「在り方」を見る機会ですね。 

   

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by gokuuan | 2018-08-08 09:11 | 開運のてびき | Comments(0)